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画像: アルナチュラの朝

アルナチュラの朝

2011年01月10日

写真は、アルナチュラの朝の写真である。

暗いうちから、たくさんあるMandirをまわり、そして、明るくなったところで撮った写真です。

太陽とともに起きて太陽が沈むとともに寝るこの街は、
気を燃やす煙が出始めている。


インドから戻ってからの数日は体調も悪く何時間寝てももっと寝られるくらいの状態であった。

予想通り。

そして、昨日は復帰作業をいろんな意味で行い、今日から動き出した、仕事を。


インド人たちと同じ部屋に泊まり、何日も一緒に仕事をしてきて、食事を共にし、、
そんな生活をこの5年繰り返ししてくると、インドについてあまり、想定範囲外のことはない。

が、今回のインドの旅でたった一つだけどうしても解けなかった人生の疑問が解けた。


そのことは、また、追ってお話するとしよう。


インドの各地では、お寺があるような場所の周りでは、
例えば、、
オーム、みたいに、神への聖言みたいなものを、ハローの代わりに頻繁に使う。
ハリオーンみたいのもあるし、他のもあり、、その地域の神や聖人に、関わった言葉を使う。

アルナチュラの朝を訪問するなら、たくさんのボールペンを持っていくといい。

子供たちが話しかけてくる。

「ハローペン」

初めてハローペンとあいさつされても意味がわからないだろう。

この土地の子供たちが、欲しがるのはDSやゲームソフトではなく

ペンを欲しがる。ペンをもらいたがる。

ペン持っていたら頂戴って意味なのである。


ボールペンであんなにも喜ぶんだな、、とおもった。


職業物乞いの子供たちとは違う。彼らと言えば、
No Food,Money,とお金をねだる子供、、
彼らは職業物乞いで、商店なんかよりよっぽど稼ぎ、
父親は大きい家に住み毎日酒を飲んでいる。
最近は観光客がずいぶん簡単にだまされるから、だましも手抜きでずいぶんいいものを着ていたり、立派なアクセサリーを身に着けていたりする。。
食べるものがないのなら、、そんなものかっている暇はないのに。。


まぁ、いろいろある。


本物のグルってのは、あるいは、僧侶は、お金をまったく欲しがらない。
ただ、やるべき教え、あるいは、祈りをしていると必要なものは自然に満ち足りてくる。

これが本物。。

偽物は、お金を要求する。
そんななんちゃって僧侶みたいなのも、けっこういる。

お金集めやセミナーの受講生集めに必死になる日本のなんちゃってヒーラーと
なんだか、かぶって見えてしまった。

ただ、意味合いは違う。

近代社会で、通常の生き方をするのであれば、
商業的側面も併せ持たないと、機能しないという現実もある。

だが、、この近代社会においてもちょっとの適用や適合さえ気をつければ、
ただ、心さえ磨いて輝かせていれば必要なものは後から勝手に来る、というのもまた事実だ。

まずは、人としての正しい努力をして、一切を天に任せるという行為だろう。

次は、天に一切を任せると努力すべき道が自然に訪れ、自然に自他ともに動きだすという段階だろう。

次は、意識の存在しない段階になるのだろう。
一切が自然と同化し、幸福と感謝に満ちた状態。

悟りもいろいろなステップがあるが、それが第一段階の悟りである。

が、その段階の悟りは、前述の二つのステップを通って至るからこそ
この近代社会に魂を下した意味があると思う。






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