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2009年3月
◆ゆるゆる日記はこちら♪:6
2009年03月31日

桜が咲き始めた。

この時期になると、園芸をやり始める。

土を触ったり、、花を育てると自然と心が落ち着く。

とてもいいものだ。


グラジオラスをこの時期に植えたくなる。

まず、、100円ショップで買ってしまう。。
おお、安いじゃんと。。
2個で100円とかになっている。

そして、、ホームセンターだと、、20個で398円で売っていて、、

あ゛。。。。となって、、ホームセンターで買いなおす。。

同じことをもう、、三回くらいやっている。


とにかく、、買い物が嫌いで。。。

わかっちゃいるけど、、とにかく早く買い物を中断したくて、、そんなことをすることが多い。

見て歩くとか、調べて歩くとか、、見るだけで楽しむとか、、絶対に出来ない。


家族でデパートに行っても、、それをやるくらいなら、、
外に出て、バス停のベンチにでも座って半日ぼ~~っとしていたほうがはるかに好きだ。

というかそうしている。。。


ということを家族も知っているので、、もう、、誰も僕をデパートには誘わない。


練馬に住んでいたころ、、
月に一度だけ、、西武デパートに行って
地下街でちょっとだけ高い、、、お弁当を買って
あかちゃんだった長女と一緒に食べたのは、デパートでの唯一の楽しい思い出だ。

22歳くらいのときだったろうか。。


そう、グラジオラスを植えるのがなんだか好きで、
豪勢にばかばか、花が咲くのが愉快で。。

グラジオラスは、、葉が剣(フラディウス)に形が似ていることから、、その名があるようだが、、
恋人たちの暗号として使われていたこともあり、、忍び逢いという花言葉もあるそうだ。


まぁ、そんなことはいいとして、、

とりあえず、

土を20袋ほど買ってきたが、、

夏が終わるまでには、、たぶん、、100袋買うことになるだろう。。


朝顔については、、土を自分で混ぜて配合するので、、

これまた大変だ。


2009年03月26日
近所の公園にスノーフレークが咲き出した。

花言葉は、「純粋、けがれなき心」なんだそうだ。

この地に移り住んだときに
今はもう亡くなった父がこの公園に植えたのだ、、
もう、、40年近く前の話になる。

という話を、、2年前に聞いた。


ということで、急遽昨年から、、固形肥料なんか仕込んじゃって、、
花期の前には、けっこう、、液体肥料なんかをひそかにあげていた。

そして、、

僕の記憶が正しければ、この10年で、、
一番元気に育っている、

とおもう。


まったく、、愉快だ!!


父母も祖父母も
この季節にみんな亡くなっている。。

なんとも、、お彼岸で、お墓にいくよりも、、

こういった花が咲いたときのほうが、、

亡くなった彼らを思う気持ちが、、ほわっと、、広がる。


長く生きるということは、たくさん思い出が出来るということで、

ほんのちょっとした、、風景、光の加減、雰囲気、匂い、、いろいろなもので
思い出が駆け巡り、、ほっとした気持ちになる。

年をとるのもいいものだと思う。


2009年03月12日
ほんと、、日記をただ、、書いてもいいのだろうか?

ワークショップの準備、、そして、、4月から始まる大阪ショーの準備、

そして、、新商品開発、、こ~~れも大変なんだ、、

そんなことで、、あまりに、、忙しい。

しかし、、忙しさから、逃れるには、、

半端なく、、用事がたくさんあるといい。


前までは、、徹夜すれば出来てしまう量だったから、、
徹夜してしまっていたが、、

徹夜したって到底終わらない量だからこそ、、


合理化したり、得意な人に頼んだりしようという発想がわいてくる。

それでいいのだ。

44歳の春だから~♪

(天才バカボンというのがあったんです、それをもじりました)



僕の人生、、

こうなりたい到底無理だろう、、とおもいつつも、、なんとなく気合入れないでそこに向かって歩いていると、、

思っていたのとは違う形だったりするが、
あ、、これって、、願いかなっていない?

の連続だ。


折れたフローライト、、ああ、、

だめだ、、

が、、可愛く加工してくださった方がいました。

っていうか、、かっこいい。

願いは自分が思っていたのとは違う形でかなったりするので、、

要注意!

知らないうちに本当の願いがかなっていたりするので、
ついつい、、気がつかないで、感謝を忘れてしまうから。


2009年03月10日
夢で何度も何度も同じ風景を見ることあるでしょうか?



ビルのエレベータに乗ろうとしていた。

ぼくは、そう、3階にいこうと思っている。

乗ろうと思ったら、、そう、先にメガネをかけてひょろっとした、青年がいた。

悪い人ではなさそうだし、、まぁ、いいか。

エレベーターというあの狭い密室で、ほんのわずかの時間とはいえ
知らない人と二人だけになることに抵抗感を感じる人は多いと思う。

ぼくもそうだ。

7階のボタンが点灯していた。

彼がボタンの近くにいたので、
「何階ですか?」と聞いてくることになる。

「3階です」

彼は3階のボタンを押す。

僕はこのビルの三階までしか行ったことがない。

が、エレベーターは、四階をすぎていた、、、

「え?」

彼は軽く、、薄気味悪く軽く口元だけで笑って僕と目を合わさずに、、
壁を見ながら、、僕を見た。

(ええ、そうなんですよ、と当然のような顔つき)

まぁ、上にあがってから、、降りればいいか、とおもった。

7階に着くと、、エレベーターは、開いた、、そして、、
底面だけ、、、外れて横にスライドして、、
空中を動くことになる。。

ちゃんとワイヤーで上からぶる下がっていたから、
まぁ、安全だし、、この風景も愉快だなぁ、、とおもった。

そして、、なんとも、、小さいふつうの会社の事務所につく。
みんな白いワイシャツ。

彼は、すっと降りて、、奥に行ってしまった、

一人身障者が乗ってきた。
腕がうまく動かないが、、下半身はまったく問題がない人、、

そして、、もう一人乗ろうとして来た。
彼は、、足が不自由のようだったが、、

僕を見ると、、

「左腕で僕を抱いてくれたらいいだけですから、余裕があれば乗ってもいいですか?」

「いや、ごめんなさい、余裕がないんです」

何の余裕なのかわからないが、直感して、、ぼくは、断る。

彼は乗らずにまた、、その、底面だけあるエレベーターは、元に戻ろうとする。

気がつくと、、その、エレベーターの床は、、足ひとつ分のスペースがなく、、
ぼくは、、左腕でロープを握り、、右腕で、、そう、、彼を抱きかかえていた。

そして、、床すらなくなり、、ぼくは、金属のロープのわっかになっているところに足を入れて、、彼を右腕で抱いて移動してた。

左手でロープを握らなくちゃいけないんだから、、
もう一人、、乗せなかったのは正解だった。

あの直感は正しかった。
そう、、不思議に安心した。

そして、、その、金属ロープは順調に進み、、元のエレベーター本体まで到着した。

右腕の彼を中に入れて、、僕は乗ればいい。

しかし、驚くことに、、彼は、、ただ、ぼんやり、、なまこみたいにして、、
死んだ目をして、ぼくをみている。
ただ、、待っている。。

腕の力はもうなくなり、、彼を持ち上げて放り投げる力は僕には残っていなかった。
しかし、、

遥か下に彼を落とすことは当然出来ない。
でも、僕の腕は、、彼を落とさないだけの腕力は、、永久に不思議にある。

「なんで足を使って自分でエレベーターに乗り込んでくれないんだ。」

もしかしたら、、ずっと下に落下して死ぬかもしれないのに、、彼は何もしようとしないで、、ただ、人ごとのように僕を眺めていた。

眺め続けている。


どうすればいいんだ、、、と、いてもたってもいられなくなった。

そして、目が覚めた。


この続きの夢、いつかまた、見ないといけないんだろうか?

いつも見る風景が登場し、、そして、、
夢が分割で、、では、次週、、なんて感じで、、分けてみること、、経験ありますか?

まぁ、、この夢の続きは見たくない。

そうおもう。

でも、、そう、、寝ていないときに、、続きを見せられているのかな、、なんて、思ったりもする。。



2009年03月05日

東京でレイキセミナーを終えて戻ってきました。

とてもシンプルなことほど、実行したり理解するのは難しい。

時に人はシンプルを避ける。
何かを見ないようにするために。

でも、シンプルからのみ癒しも救いも起こってくる。

さて、また、歩き出そう。
2009年03月02日

答えを知りたがる人は多い。

でも、本当は、知りたいのは、

質問だ。


どうしたらいい?

そう聞くとき、、ほとんどの場合は、、

もう目先のことで一喜一憂していて、、何を目指しているのかなんて、、わからなくなっている。

逆に、、質問を探しているときは、、何を目指すべきかを探している。


それらの事柄から、、ちょっと、一歩上の場所に行くと、、
穏やかな生き方に近づく。


いい答えを得たら、幸せになる、、と勘違いしているから大変なんだと思う。