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2011年1月
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2011年01月31日
遥か昔、

レイキに興味を持って質問をし続けたとき、


今まで、たくさんメールを取り交わしてきましたが、
エネルギーの話なので、言葉の質問に対して、言葉の答えをしても
また、新たに言葉の疑問が起こり、そこに言葉の答えをする、、
その繰り返しになるので、

エネルギーそのものを感じてみるのがいいですよ

と、説明を受けたことがあった。


関西方面に行き、いろいろな方にあってきた。

そのなかの一人が
ちょうど偶然YOGAをしていたので、
仕事の打ち合わせの後、

会わせたいYOGAの先生がいるからということで
ヨガをすることになった。

ヨガの前にいろいろ話をしたのだが、、

言葉の話になった。

大切なことほど言葉にはしたくない
意味が変わってしまうから

というようなことを話したら、

そうだとおもう、、という賛同の意見をみんなにもらった。


言葉の表現できる幅は狭いし
個人個人の経験の中で、それぞれの言葉にそれぞれ特有の意味を持っている場合がある。

だから、まずは、、
そう、自分の理解を自分が言葉でうまく表現できるか、、という問題があり、、そのあと、
聞き手がそれをうまくできるかという問題がある。

この二つが全くうまくいくことは、、稀だ。

25年一緒に暮らしてきた妻とすら、、
うまくいかない時があるんだから。。

(妻だからこそうまくいかないという話もあるが。。)


逆に、何かを正確に伝えたいという場合は、
空間や、エネルギーや、体験の共有というのがいいと思う。
ただ、感じあう、ただ、共有する、言葉はいらない。。

しかし、

言葉だって価値もある。

言葉を聞くものが、それぞれの理解をし、それぞれに良い方向に機能するように聞いていたら、、
話し手の意図とは違うことが起こったとしても、プラスのことが起こったりする。


そういえば、、

今朝、、家内が、

ぼくにこういってきた。。

「家の中に古いバッグ、やたらもっているけど、
古くなって汚くなったものは、捨てて新しいものと変えた方がいい」

合理的な意見だ。

ぼくは、、

「古いものは時間を共有してきた思い出があるから捨てられない。」

と主張した。

さらに

「家の中にある、長く使って古くなった汚いひ、、、」
と言ってしまったと思って言葉を止めた。

家内が、、

逃さなかった、、

いま、、人っていったね?

家の中にある古くて汚い人っていったね?

というものだから、、

夫婦で大笑いした、、が、、

向こうは僕のことを思って大笑いしたかもしれないが、、こっちはそうじゃないとおもう。。

が、、何を笑ったかは、調べない方が、、夫婦円満のためにはいいのではないかと思い。。


「おもしろいね」

でやめておいた。



2011年01月29日

レイキやヒーリングを学び始めたころ、、

言葉としては、

スピリチュアルと現実とのバランス

右脳と左脳とのバランス

感覚と理論とのバランス

常識と非常識のバランス、、


とにかく、バランスなんだと思っていたけれど、

思っていたけど、頭の中で軽く思っていただけで

わかっていなかったような気がする。

しかしながら、

それらが、、現実となり、、まさに、リアリティとして行き当たることが繰り返されると、、

ああ、、、そうだなぁ、、そうなんだ、、と深く思う。

2011年01月27日
大正時代にほんのわずかな期間活動をした
臼井先生、、彼のやっていた、霊気療法Reikiが、、

現代においてもこうまで世界に広がっているというのは、、本当に不思議だ。


インドでも、レイキをする人はけっこういる。

もちろん、インドカレーと称して牛肉入れて食べたり、スパイスなんて全然違うのに
インドカレーと僕らは呼んで食べているのと同じく

インドのレイキは、、けっこう、、ゆるい!(笑)

でも、きまりや型でがんじがらめにするよりも、ほんとうは感じるままに自由に、、

というのがレイキのあるべき姿かもしれないと思えば、、彼らとの交流も
いいものだとおもう。

例えば、、ただ、グルジーの前に座りそのエネルギーを感じて瞑想する
なんてのも、、

レイキが部屋に迎え入れたときにその空間の高い波動で癒しを始める

これが本当だなんて言うが、、近いものがある。


朝、肉まんを子供が食べている。
この肉まんはヒットだった。

ヤマト運輸さんが時々、商品を持ってきて、買ってほしいというのだ。
いつもお世話になっているヤマトさんのドライバーが売ってこいと上司に言われたなら、
まず、ぼくは、つきあって買ってあげる。
その時買った肉まんだ。

さらに、インスタントみそ汁も買った。

ドライバーさん喜んでいた。

夏になると事務所にカルピスを僕は持っていく。
だってさ、、あんだけだくだくに汗かいたら、、、カルピス帰ってきて飲んだら、、幸せでしょ?
あ、、これは、、売るわけじゃなくて、、化粧箱にも入れないで、無造作に持っていく。
そのまま。

まぁ、なんというか、、ふれあう人たち全部と自然に思いやりあったり、
していると、、結構日々は幸せなものになる。

この前は、花屋さんにソルトランプを納品しつつ、
そこで花を買ってその日に訪問する友人二人に花をプレゼントした。

なんでかっていうと、、なんかそうしたくなったんだよね。意味はない。
春の花がもう売られていて、、それがあると、、元気な気分になるかな?
とおもったんだよね。

ふらふらふらふら、、思いつきのままやってみると結構楽しい。

2011年01月26日

試合会場はあるいてかなり時間かかる山の上

テニスラケットが1本しかバッグにないことに気がつき、、

これじゃあ試合が出来ない、、とおもって、、

家に取りに戻る。


※テニスは最低二本、できたら三本はラケットがないとまずい。


が、もどったら、、予備ラケット二本はガットが切れたままで張り替えてなくて、
その前に使っていたラケット二本も同じ状態だった。

急いで会場に戻ろうとするが、、いつまでたっても戻れない。

もう、試合のコールはされているはずだ。。。

失格か。。。

どうしよう、、、


というところで、、目が覚めた。

そんな夢を見るようでは、テニスをしなくてはいけないですね(笑)


話は変わるけれど、、

スピリチュアルな方向に偏れば、偏るほど

普通の近代的な社会環境での三次元的な幸せからは遠ざかる。

お金を稼いだり、
結婚したり、
家族を作り幸せに生きるとか、、
家を買ったりとか、、

そんなことだ。

実際、魂見つめるだけの修行をしている人たち
確かに心は美しく素晴らしいが、街に降りてきたら、、仕事はできないし、
適応もできない。。

じゃあ、スピリチュアル、やめた方が普通の幸せが得られるのか?っていうとこれまたちがう。

スピリチュアルな世界をしっかり理解して学べば、
普通の生活が満たされてくる。

学びが浅いのにもうわかったような気持ちでいるのは、、全然機能してこないけれど。。

こんなことを言ってはいけないけれど、、

お金を払うと簡単に認定証(あるひとはこれを領収書と呼ぶ)がもらえる
スピリチュアル系の講座、、、
これが、妙に自信をつけさす、、発端かもしれない。。

あれは、受講証明書だ。

インドのアシュラムでやられていることをヒントに、
スピリチュアルな学びの場の作り方少し、くふうしていこかな、、

と、いろいろ思いを巡らせている。


自然に同じ志の仲間も、また、集まることだろう。

自然に行こうかな。
2011年01月25日
家族で得意の花鳥園にいって、

そこで、鳥の形をした凧を売っていたので、買ってみた。

子供のころ凧あげをした田んぼに行って、、、

昔は、祖父が一緒に凧あげをしてくれた

そんなことを思い出した。


その場所は、昔と違い、マンションやら、住宅やら、、いろいろできていて
昔と比べるとスペースが狭くなっていた。

一番下の娘と一緒に凧あげをした。

始めたころはあまり風がなかったが夕方が近づくにつれて風が出てきて、、

けっこう、うまく凧あげが出来た。

電線にかからないように操縦しながら上げるのがちょっとスリル。。。だった(笑)


こんどは、海にでも行って、めいっぱい高く上げてみたいと思った。


ティオを連れて行ってもいいだろう。

彼女も海なら楽しい、、けど、、寒いかも。。



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ペンデュラムのニキルジェムズJAPAN
http://www.nikhilgems-japan.com/
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2011年01月11日
人間は、人間で同じ人間でも、

地域によって食事や生活のパターンが違う。

40歳過ぎたら動物性タンパク質は必要ない、、というはなしもあり、
そうなのかもしれないが、、

いきなりベジタリアンになって、肉も魚も食べないで、豆で何とかしようと思っても、、

そう、2週間そんな感じだったわけだけど、、

普通のエンジンに軽油を入れるようなもので、、燃料に慣れるための一定の期間が必要なのだろう。

うまくはいかない。


今日、Kさんと話した。

ある修業をしながら、、僕のことを思い出し、ここに連れてきてあげなくちゃいけないなんて思っていた、ということだった。

嬉しいことだ。


今日、また、H子先生と話した。
なんか、Rがいないから、なんか、電話しなくちゃてきな気持ちにもなって、、

彼女は、船で、、昔、世界一周をした人だ。
すごっ。


インドにいって初めてYOGAをした。何回かした。

妖精のようなきれいな先生の美貌に魅かれたやった、という話にしているが、
自分の彼女にできるって言うならまだしも、、実は、そんなことは、興味はなかった。

自分が最も苦手なことをやってみることは、大切なことかもしれないと思ったからだ。

E太郎さんが、しきりに僕を励ましてくれたこともある。

YOGAは、柔軟性を競う競技では決してないんです。

と、15回くらい僕にいっただろうか?

だからいった。


でも、インド人男性の先生のレッスン?を受けた後、、
彼は、興奮気味に話していた。

あの人、すっげ~~んだよ。何とかのポーズなんか、あし、ここまで来ちゃうんだよ、
すげ~んだ。


と。




なんだよ。。。。。。。。。。。。。



とはいいつつ、、

実は、ヨガを日本でも続けようかな、とおもっている。



2011年01月10日
写真は、アルナチュラの朝の写真である。

暗いうちから、たくさんあるMandirをまわり、そして、明るくなったところで撮った写真です。

太陽とともに起きて太陽が沈むとともに寝るこの街は、
気を燃やす煙が出始めている。


インドから戻ってからの数日は体調も悪く何時間寝てももっと寝られるくらいの状態であった。

予想通り。

そして、昨日は復帰作業をいろんな意味で行い、今日から動き出した、仕事を。


インド人たちと同じ部屋に泊まり、何日も一緒に仕事をしてきて、食事を共にし、、
そんな生活をこの5年繰り返ししてくると、インドについてあまり、想定範囲外のことはない。

が、今回のインドの旅でたった一つだけどうしても解けなかった人生の疑問が解けた。


そのことは、また、追ってお話するとしよう。


インドの各地では、お寺があるような場所の周りでは、
例えば、、
オーム、みたいに、神への聖言みたいなものを、ハローの代わりに頻繁に使う。
ハリオーンみたいのもあるし、他のもあり、、その地域の神や聖人に、関わった言葉を使う。

アルナチュラの朝を訪問するなら、たくさんのボールペンを持っていくといい。

子供たちが話しかけてくる。

「ハローペン」

初めてハローペンとあいさつされても意味がわからないだろう。

この土地の子供たちが、欲しがるのはDSやゲームソフトではなく

ペンを欲しがる。ペンをもらいたがる。

ペン持っていたら頂戴って意味なのである。


ボールペンであんなにも喜ぶんだな、、とおもった。


職業物乞いの子供たちとは違う。彼らと言えば、
No Food,Money,とお金をねだる子供、、
彼らは職業物乞いで、商店なんかよりよっぽど稼ぎ、
父親は大きい家に住み毎日酒を飲んでいる。
最近は観光客がずいぶん簡単にだまされるから、だましも手抜きでずいぶんいいものを着ていたり、立派なアクセサリーを身に着けていたりする。。
食べるものがないのなら、、そんなものかっている暇はないのに。。


まぁ、いろいろある。


本物のグルってのは、あるいは、僧侶は、お金をまったく欲しがらない。
ただ、やるべき教え、あるいは、祈りをしていると必要なものは自然に満ち足りてくる。

これが本物。。

偽物は、お金を要求する。
そんななんちゃって僧侶みたいなのも、けっこういる。

お金集めやセミナーの受講生集めに必死になる日本のなんちゃってヒーラーと
なんだか、かぶって見えてしまった。

ただ、意味合いは違う。

近代社会で、通常の生き方をするのであれば、
商業的側面も併せ持たないと、機能しないという現実もある。

だが、、この近代社会においてもちょっとの適用や適合さえ気をつければ、
ただ、心さえ磨いて輝かせていれば必要なものは後から勝手に来る、というのもまた事実だ。

まずは、人としての正しい努力をして、一切を天に任せるという行為だろう。

次は、天に一切を任せると努力すべき道が自然に訪れ、自然に自他ともに動きだすという段階だろう。

次は、意識の存在しない段階になるのだろう。
一切が自然と同化し、幸福と感謝に満ちた状態。

悟りもいろいろなステップがあるが、それが第一段階の悟りである。

が、その段階の悟りは、前述の二つのステップを通って至るからこそ
この近代社会に魂を下した意味があると思う。