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2011年04月02日

近代社会って言うやつは、、どの辺から始まったんだろう?

実は、農業を始めたことから戦争が始まっただなんていう。。


え?


という感じもするかもしれない。農業って平和的な感じがするから。。

でも、

そう、所有の概念が起こり、その所有者がプランしてコントロールしようとするわけで、、

海の幸、山の幸を神様から頂くという考えからは
大きい隔たりがある。


自然の中の規則性を発見してそれを利用しようとするということが
近代社会の始まりまもしれない。

古代のやり方は、規則性ではなく、、
自然のシグナルを感じ取ってそして生きるという感じだろう。。

いずれにしても、

自分がコントロールしようとするのが近代的生活の始まりではないだろうか?

しかし、

パソコンのソフトよろしく、人間の作るプログラムは
予想外のトラブルや、、バグみたいなものが、次々発生し
それを解決するプログラムをまた作る、、
すると問題が起こり、、また、対処プログラムを作る、、

この繰り返しなんだろう。。


真理とは何か?

を求める旅もあるかもしれないが、

静かに耳を傾け自然のメッセージに従う生き方をすると、、

そういったバグというトラブルはなく

調和、幸福、安心、感謝が生まれる、、オートマティックに、、

その部分は、今だからこそ、大事なんじゃないかと思う。
2011年03月31日

実は、、メルマガって言うのは、、勇気がいる。

日記の場合は、みたい人が見たい時に見ればいい。

でも、、

メルマガは送る側のタイミングでメールが送られていくから、、

正直勇気がいる。


電話がかかってきてまくしたおされたり、、、

あるいは、突然家に訪問されて一方的に話されたり、、

するのと同じような気がしてしまうからだ。


それに、、

こうしたらいいんだ、、ああしたらいいんだ、、、

って、聞かされる方も、疲れないかな?

なんて。。


まぁ、、

メルマガ送れないのは、、やっぱ、

素直に、、震災のことで、、あまりにむごい現実を見て、

ぎゃ~ぎゃ~メールする気持ちになれないというのが、本当かもしれない。。

そこに言い訳をしているだけかもしれない。。


こんなことをいうのも、、

いけないかもしれないけど、、

正直思ったのは、

餓死する子供も、そう、自然災害で死ぬ人も
内戦や戦争で死ぬ人も、
世界では常にどこかで悲惨なことが起こり続けていた

なのに、日本でこんなことがあるとがっくりくる。

海外で起こっていても、かわいそうだと一瞬おもって、、
翌日には忘れていた自分が、、

なんだか、、

勝手なもんだと。。

思ったりする。


ただ、今回の件は、原発の問題があり、、

そして、、

それは、世界に教えを与えるものだし、そうじゃなきゃ、、

この辺で気づかなければ、、

地球はやがて人が住めない星になる。。


エゴや目先の利益や、、大量消費をして、大量消費を強いること

自然からもらうばかりで返そうとしない、、

その生き方の一つの象徴が原発だと思う。


しかし、

東北が日本の全部のその罪悪を一手に受けて、ひどい目にあうってのは。。。。


冷静な自分の時間もあるが、冷静になりきれない時間もある。

それが、事実だ。。
2011年03月31日

あれもしたい、、これもしたい、、

何をしたいのか?

何をしたらいいのか?

どうすべきか?


考えることはあると思う。

あるいは、考える続けるのが人生というものか?

その疑問がなくなったら、

生きる意味も必要もなくなるのかもしれない。

そして、

その疑問をもち、取り組んでいく道のりに価値がある。

そして、人の助けにお教えにもなる。


ただ、一つ、

確実に言えることは、


今日一日


何を見るか?
何を思ううか?
何を語るか?
どんな行動をとるか?

これが自分のためにも人のためにも社会のためにもなる貴重なことだということだ。

明るくポジティブにそれらができたらなら、、
自分もどんどん向上し、
社会の役に立つ。

なんだそんなこと?

でも、すっごく難しい。


何を見るか?

マイナスのことを見ればマイナスが自分にいっぱいになり、
マイナスがどんどん膨れ上がりマイナスが起こりマイナスで苦しむ。

プラスのことを見ればプラスが自分にいっぱいになり、
プラスが共振共鳴してプラスが膨れ上がり、プラスがどんどん増えて
感謝が沸き起こり、喜びが起こる。


この、ステップだけでも一分一秒必ず守るってのは、、あまりに難しい。

でも、トライしてほしい。
2011年03月28日

一瞬、一瞬の

思い、言葉、行動で、自分を取り巻くすべてが決められていく。


そのうち、いずれ、なんて思ったらもったいない。。

今の一瞬一瞬を素晴らしいものにした方がいい。


ちょとした、心がけや工夫でずいぶん人生は変わってくる。

2011年03月27日

東北の震災のことは、みな、頭から離れないだろう。

被災地ではなくても、、


根拠のある不安

これはある。


根拠のない自信

これから人の一歩はスタートする。

根拠ない自信から一歩を踏み出すと、

現実に何かが起こる。

すると、その起こった現実から

根拠のある自信が芽生える。

それは、根拠のない自信と夢とにパワーをもらいながら、、

どんどん発展し、、


何が何だか分からない自信と安心が生まれる。


これが生きるってことだと思う。

2011年03月26日

三時に起きて、ちょっと、仕事をして

5時くらいからスパゲッティを作ろうと思い、、

あれこれ考えたが結局、、スパゲッティをゆでて

レトルトのミートソースをかけて、、

あとは、後から起きてくる物のために

たらこスパゲティ、、同じくただ、、まぜるだけのやつなんだけど。。

を作った。


レトルトより家内にちゃんと作ってもらった方がはるかに美味しい。。


外に出たら、めっぽうすごい朝日が東に輝いていて、

穏やかな暖かめな朝であった。

まったく、何事もなかったかのような穏やかな朝。


東北の方は、寒いんだろうな。。
どんな朝なんだろう。
きつい一日がまた始まるのか。。。


とかんがえ、、

そして、朝日とともに起きて
日が沈もとともに休む、、あのインドの村を思い出した。


足で歩ける範囲で移動して、お日さまととも生活する

これが一番大事で、それが答えじゃないかな、なんて考えてみた。


2011年03月23日

今、震災のことを考えるなと言われても

無理だ。


節電して、義援金送り、自分のやるべき仕事をしっかりやる。

そりゃそうかもしれないけれど、、

なかなか、気持ちがうまく動かない。

むしろ、、目の前のことよりも、どんどん、遠くに視点は行く。

そのなかで、出来るだけ淡々と仕事をするしかない。


海外のヒーリング関係者からたくさんのメールをいただいた。

話を進めていくと出る答えはみんな同じだった。


過剰に消費をすすめるなかでの経済体系は誤っている。

エネルギーを浪費することは間違っている。

その間違った中を回すためにできたのが原子力発電所だ。


考え方、生き方を根本から変えないと

人が住めない星にいずれなる。。。

1億年もしたら、また生物が生まれそして、新しい生命がはぐくまれる??


そういった浄化のプロセスではなく、
人間そのものが浄化すべきではないだろうか?

という話だ。


今までは代替医療のことばかり考えてきた。

そうじゃなく、代替エネルギーこれもすごく大事なことだ。


T-1エッセンス
6年前にこのエッセンスの講義をまるで他人事のように自分は聞いていた、、
これをつかったり、イルカのエッセンスで場所を浄化する活動も
他人事のように効いていた。。

こういった商品が、
もちろん、今、苦しい人に役立ち、さらに、
人の意識を変えていったら、、

なぜ、こんなエッセンスが必要になってしまったか、、

それはどういうことが起こっているのか?

そこに思いを巡らせてもらえたら、、

僕らでだって世の中変えられるかもしれない。

そんな期待を持つ。
2011年03月23日
例えば、、ある国に生まれたら

その国の教育というものがあり、、

国によっては思想のコントロールも受ける。


教育と洗脳は、、どう違うのか?

教育は受けるものと与えるもの相互の幸福のためにあり
洗脳は与える側にのみ不調和なメリットがあるということか。。

いずれにしても、一つの組織や集団にいれば
そのグループの独特の思考に沿わないといけない。。

少なくともその組織に出席している間は
その思想に沿っているふりをしなくてはいけない。


自営業をしている人間も当然、
業界のならわしや独特のルールでコントロールを受けるが

それでも、、

独特のものがあり、独特の思考がある。
自由のようでそうではないかもしれない。
偏りもあるかもしれないが、、

いずれにしても、どんな立場でも自由な思想というのは、大事で
それが出来る人間は、、いや、時々思いっきり自由な思想をしてみると

いろいろな気づきが生まれ、

それが大事なんじゃないかと


自由な思想そのものではなく、、

その動きから浮かび上がる気づきというのが大事なんじゃないかと。。

だから、自由にいろいろ考えるのは大事なんじゃないかと。
2011年03月23日
やれることをやる

という言葉はよく聞く。

自分も言う。


ただ、人は自分がやれると思っていることより

実際はやれることは多いし大きい。


だから

やれることをやる

というときに、私はやれることはやるがやれないことは無理だから

それ批判しないでね


という気持ちで言わないで


自分のやれる能力を最大限に出すぞ

という気持ちで言った方がいいと思う。


そうやってチャレンジしていくと

やれることのキャパシティは増えていく。

それが成長というものではないだろうか?

また、

カリスマというのは、なかなか、なれないけど

カリマス(借ります)ならできると思う。

自分にできないことは、それが得意な人の力を借りる。

一人で抱え込まないで。

そして自分も逆に自分の得意な範囲は人に力を貸す。


そのカリマスとカシマスをすると、
さらに

自分のやれることの範囲は広がり、人生が楽しくなると思う。
2011年03月22日

震災のことで、仕事を自粛しているわけでもないのだけれど

そりゃ、元気いっぱいにって、気分にはなれない。

そういったときは、別に、元気いっぱいに無理することなどないと思う。

ただ、粛々と、やれるペースで仕事するしかない。

それに、それでいいと思う。


今回の件は、原発のこともあり、そこから、

資源やエネルギー、、そして、それに人間がどう向かい合ってきたか、
そして、どうしようとしているか、、なんてことに、どんどん思いは向かって行ってしまう。


正直、この、天然石の世界にも、、大量消費資本主義理論は入り込んできていた。

まぁ、自分は正しいと思うことを、やれる量、やれるタイミングで
淡々とやるしかない。

気持ちが燃え上がり暴れまくりたくなればそうすればいい。


Learn to let go........

2011年03月21日
以前ネット上でいろいろ、駆け巡った
動画があった。

もし世界が100人の村だったら

というやつである。


貧困だったり、戦争だったり、もちろん、自然災害だったり、、
いろんな理由で、、必ず世界では悲惨なことが起こり続けていて、

それがなくなることがなくて、、

でも、そんな中で日本は豊かな国で、

僕たちは豊かに過ごしてきている。


東北の震災は、なんて悲惨なんだ、、
と落ち込んだ。

正直にいえば、、それに、そう思うのは当たり前だと思う。

が、

それをいっていたら、、悲惨なことは世界のあらゆる場所で起きていて、

必ず毎日落ち込んでいなければいけない理屈になる。

もちろん、そういったことから一切眼をそむけるのは良くないし、
それだけを見ているのも良くない。


自分の置かれた立場での役目を一生懸命果たす。

これは、まず基本である。

そして、

さらに、この地球で起きていること、いろいろなことに目を向け、
冷静な気持ちで、、じゃあ、世界のために何が出来てどうあるべきか、、
考えて、調和と愛情を持て何かを考えることも必要かと思う。


さっき、Rから電話が来た。
Aタローさんと行こうとしていた場所の問い合わせだ。

Sに行こうとしていたようだ。

高速はライトがついていないし、看板の派手な照明もなく
コーヒーショップも早い時間に閉店になっているそうだ。

彼らは、インドでの修業も長くしているし、
実際、江戸時代のような生活でもあまり困らない人たちだけど、

もう、これでいいし、もっと、エネルギーは使わなくていい

人間は消費するばかりで自然に何も返していない

という。


ほんとうに、、そうだとおもう。

もらっても、、あげない。
もらうことばっかり、、

だと、どうでしょう?

人間関係で例えたらおかしくなりません?

あるいは、会社に行って仕事した、でも、給料は一切くれない。

これ、持続できませんよね?そんな会社辞めちゃう。

逆にあなたが社長だとして、、
会社から見たら、仕事全然しないで、まったく稼がない社員に
給料を毎月払っていて、、
もう、むかついて、、こんなやつ、クビだ、と思わない?


地球が、なんか、物ばっかり持っていって
消費するばかりで何も代わりにしてくれない。。

とおもって、むかついて、、人間をクビにする日が来ないことを本当に祈る。


その理屈おかしいでしょうか?

僕はそんなにおかしくないような気がしてならない。

2011年03月20日

考えないことが出来ない、、という現実の中で、

考えればいいと思う。

たいへんなことだ。。


辰巳琢郎氏のブログ
http://ameblo.jp/tatsumitakuro/entry-10831822328.html

死体の山、子供の餓死。。。

これも地獄のほんの一部というのが
現実だろう。。

義援金送るくらいしか何もできず、、ニュースを見るしかできず、、

厳しい。。。

言葉がない。


さらに、放射汚染が襲いかかっている。。

なんということだ。。


2011年03月20日

老人ホームでおばあちゃんたちに
お化粧をしてあげると元気になるという話。

生き生きと元気になる。

お化粧は食べることはできないし、飲むことはできない。

無くても死ぬわけでもない。

おばあちゃんは、今から男性に魅力を見せつけ
恋愛して子供を産むわけでもない。

でも、

お化粧がおばあちゃんを元気にする。


僕たちがクリスタルを使ってやりたいことはこういうことだと思う。


食べ物、飲み物、安全な家、衣料が
生きるためには優先される。

当たり前だ。

だが、

衣食住は、限りなくどんどんどんどん便利になっているのに、
人の悩みはどんどんどんどん、増えて、
生きることの幸福感がない人が増えている。


そして、いま、国はまさに危機にある。

このなかで、クリスタルや癒しにかかわるものが
やるべきことはたくさんある。

もちろん、音楽、芸術、そういったものもだ。

2011年03月20日
力を入れて呼吸を止めて筋肉を緊張させてやる頑張り方もある。

けど、もう、無心のゾーンに入った時、最大の力が出るのだと思う。


その究極の集中の状態がいいと思う。


火事場の馬鹿力というのもある。

あたかもリミッターが外れたエンジンのようなもので
すごい力が出る。

でも、最大パワーを出さないようにしているのは、体が壊れないように制御しているからだ。


頑張る人って、いろいろあるが
楽しくてたまらなくてやめられなくて、、
という状態を人は頑張っていると見えるかもしれない。

でも過剰に興奮した状態も長く続けすぎると良くない。。

でも、何かをひっくり返したり、、
生まれ変わる、人生変わる節目はそうなるのは普通だろう。

こいつも、多用すると壊れてしまう。


無心の境地が目指すところだと思う。
2011年03月19日

戦争中なのにゴルフをする戦士がいる理由が分かった。

2011年03月19日

深刻なニュースを見て現実を知ることは重要だろう。

だけど、

そんな中で、

子供たちの笑顔にどんなに元気づけられて
勇気がわくか。。


違います?

じゃあ、そうしよう。
2011年03月19日

小学6年生だった末娘が卒業をして、

友達と一緒に

バスに乗って、25kmくらい先にある大型デパートに行くそうだ。

大人になる練習が始まったわけだ。


一瞬、え?子供だけで?

とおもったが、、いや、そうやって、大人になっていくんだから、、

と思いなおした。


子供の成長は早い。

うかうかしていると、

一番上の子供がもうすぐ中年じゃないか。。。

というのはまだ早いが、、現実味を帯びてきた。


親も成長しなくちゃね。

育児は育自か。。。

2011年03月19日
幸いにも静岡では、卒業式はおおむね行われている。

常に、地震関連のニュースを聞き、
話題もその話以外をしてはいけないのか、というくらで、
気がめいるという人も出てきた。

もちろん、被災現場はまだ救援物資もうまく届かないような状態で、
非常に厳しい。

かなりの遅れだ。

一般のボランティアも現場に行ける状態ではないそうだ。。

そして、

メンタルケアの問題が出てきた。


人はパンのみに生きるにあらず


生きるためには、食料、水、温度、、、絶対に必要である。

でも、、心が折れたら

人は生きられなくなる。

心がエネルギーがあれば、どんな困難だって人は乗り越えられる。


心というのはすごく大事だと思う。
2011年03月18日
石扱うものの一番大切な役目は

山の声を皆につなぐメッセンジャーだということだとおもう。

さらに、宇宙の声を伝えるメッセンジャーだと思う。


宇宙の本質は愛であり、役目は調和と言われる。
2011年03月16日

東北地区の友人たちから無事を伝える
メールがくるようになった。

海外からたくさんくるメールは
まさに日本存続の一大事とばかりの
メールだ。


まだ、震災は終わってはいない。。

こういったなかで、いろいろなことを思う。


個人の感情に走って、どたばたしても
むしろ、問題を引き起こし、救援の足を引っ張るということもあることも
よくわかった。

出来ることは、

募金、節電、、、

そして

今目の前にある自分の仕事をしっかりすることだ。


なんとか、原発の問題が良い形で解決してほしい。

それが終わらなければ、復興への一歩は踏み出せない。


仕事は石の仕事だ。。

山の神の声をつなぐ仕事だ。

自然への尊敬、そして、自然の法則をしり
それにしたがい、幸せに生きることの提案だ。。

もし、石が単なる遊び道具で
ちょっと遊んで放り出すようなものであれば、、

それこそ、山から石を持ってくること自体
自然破壊と費用やエネルギーの無駄遣いだ。

だが、それが、人の意識の成長に役立ち
人の心が調和的な思考に代わり
人々の魂が輝きだしたら、

その石はまったくすごい意味があり、山から来た甲斐があるというものだ。

そこを仲間とやりたい。

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